スタートアップ的何かについて考えていることのメモ

企業でもチームでもプロジェクトでも何と呼んでもいいけど人間が複数集まって新しく何かを始める時なんかに…

手法の前に人間なぜなら

どんな方面にも手法がいろいろ確立されているもので。たとえば Lean でもいいし、 UX だったら Empathy とか。ここで言う手法とは要するに抽象された、情報密度の高い、言葉。一言で多くのことを伝え合える。速くて、間違いが無い。さらに多くの副手法(副概念)を内包できる。

ただ、このように一言で多くのことを伝え合うには、一言で多くのことを伝え合える人間で場が占められていなければならない。その言葉を、集団でさらに抽象しようとする場合なんかは、99.99999%でもだめで、確実に100%でなければならない。

誰が教育するのか? スタートアップ的 something ではこの言葉のレベルの教育(トップダウンでも、相互教育でもいいけど)の余裕は無い。ことここに関しては、いきなり100%の要求から始まる。大規模な企業間プロジェクトのローンチみたいに全員缶詰の合宿に1ヶ月かけられればいいけど、ここはそうではない。

従って、スタートアップ的 something においては「任意に規定する必要な言葉の集合を理解している人間のみで組織すること」が、最も重要な要因となっているように見える。さらに言えば「プロジェクトの成功のためにメンバーが理解していなければならない任意の言葉の集合を定義すること」もそうだ。プログラミングでも、デザインでも、セールスフォースでも、なんでもいいけど、 harsh なことを言うと、クズが一人でもいるとスタートアップ的 something の成功率は著しく下がる。キャラも意見も多少違っていても「任意に規定する必要な言葉の集合」は留保無く共有できなければならないし、これできていれば自分たちなりの抽象をしていってプレタポルテな手法から抜け出せる。

よくどこかの成功手法を持ってきて既存の something に当てはめようとすることがあるけど、その手法が確立された北米だとかの現場が、この辺りの人間の面をかなり strict に実践してることが多くて、要するに、ゼロレイテンシで話し合える概念の用意が無いところにゼロ教育で新概念持ちこんできてもすり合わせだけで半年ですよね。ってのとか、実際に思う。

スタートアップ的 something における活動方針

  • 取ったら最初のロスとデタッチのコストが発生するので、できる限り取らないようにしよう。
  • 「一言で説明できたら本なんていらないじゃないですか」と容赦なく言おう。
  • なんとかしてデタッチする。「教えれば…」とか「いい人なんだけど…」を考えないようにしよう。
  • 逆に自分がデタッチされてもくよくよしない。共通概念セットはリーダーによって現場によって大きく異なるので、質の問題じゃ無いかもしれない(質の問題のこともあるだろうけど)。

自分は甘ちゃんなので、人間と人間が集まってやる行いが果たしてこれでいいのか? という気がずっとしてたんだけど、おそらく、これでビジネスが立ち上がってから、立ち上がってから社会の公器としての組織の役割を果たしたらいいんじゃねーのってことなんだと思う。企業というものの、フェーズ毎の社会的役割の分離も進んでいるのだ。

成功したら、パートのおばさんをたくさん雇用しよう。地元に工場を作ろう。あるいは法人税いっぱい払おう。

この論は理想状態の設定が目的。理想状態と現実的な次のゴールの両方が、記憶領域の浅いところにあるといいんだと思う。