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ACM

由無しごと

もっと日記っぽいことも書いてゆきたいと思っております。

こないだ ACM のライブラリ付きの subscription 購入したんです。特にそんときは何も考えて無くて(たまにゃーアカデミックな論文も読みたいけど専門家がキュレートしたやつがいいなあ)てなもんだったんですが、アカデミックなプログラムの話、たとえば「パラダイム」とか「考え方」を勉強するの実は具体的なレイヤーで楽して仕事していくにも必要で、考え方わからないとそういうことができるってのがわかんねえとか、こう書きたいなあって思ってもなんて呼ぶかもわからねえから検索したり人に聞いたりも出来ない。(なんか目の外側がしくしくして胸が前にたたまれるような気がする…)って思っても「悲しい」って言葉知らないと辛い。

しかし、何年も同じ環境同じ言語でやってればそんなの勝手に身につくよって話もあるけれど、言語ってソフトウェアが求められる社会的環境やら、それを手助けできるパラダイムやらで勝手に変わっていくから、そこでまた「悲しい」って表現できるかでキャッチアップの速度が変わってくる。さらに言語環境の金銭面を含めた「楽さ」って、言語そのものがどうこうじゃなくて社会の需要とか、さらには「人気」なんてものに強く影響されるので、楽にいきたければそれだけアカデミックなレイヤーもやっとけってことになるんだなあ。

ちなみにこういうことに全く関係なく突き進む人々をまねすると「バカ」か「病人」になるんだよなあ。これも辛い。許された天才の枠数ってのは社会が決めている。あと、言語が勝手に新しいドメインを獲得して活躍しだしたって受け止められるようなたとえば JS みたいのは例外ってやつなのであんまりそれを未来に渡って期待するのは厳しい感じ。そもそもブラウザ JS から node って最初はかなりジャンプありましたよね…。