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Simplicity の話。

ずいぶん前に IA 界隈、なんてものがあるのか知りませんがちょっと話題になっていた、Don Norman おじさんの一件の記事から始まった「ユーザは(購買・選択行動時に)シンプルさを求めていない」の件。

これだけ聞くと脊髄反射で色々言いたくなる人いるかもしれませんが、まだ読んでない方は、まずは上の二件読んでから聞いてください。

同僚のTなべさんが XBOX360 買ったんですが、MSN Messenger に入ってるようなパズルの XBOX360 版を、ずっとやっていたんです。なぜか?。うーん。きっと人は、たくさんの機能(ハードな機能だけでなく、ブランドや見た目も含めて)に囲まれながら、ただ自分の使う機能だけを使いやすく使いたいのかもしれない。

日本という物に囲まれた環境で、無印を買ってシンプルに生きたいのだ。シンプルな生活を求めるなら、ニコルさんのように山にこもったり、砂漠の真ん中で生活すればもっと生活はシンプルだ。だがそうではないのだ。選択肢の豊かさを感じるだけ感じながら、一々選択肢を吟味する面倒を避けてシンプルに行動したいのだ。それこそが、選択肢が無数に或る時代の贅沢なのだと思う。

ただのページデザインも、プログラムも、アプリケーションにも、これはあてはまるなあと思った。エレガントなデザインの中で、シンプルに体験したいのだ。豊富な機能の Office を立ち上げて、単なるメモを書きたいのだ。Don Norman さんの例に従えば、何十もの機能やボタンがある洗濯機を買って、いつも同じメニューの洗濯コースでお洗濯するのだ(いつも同じ一つのコースなら、安くて機能の少ないものを買えばいいのに)。

例えその機能が実際の役に立たなくても、オプションに囲まれているという、そういうポジティブな精神状態にある、またはそういう心理状態に自分を持ち込むことができる期待というものが、僕らの購買・選択行動の重要な動機付けの一つになるのだと思う。

でも

でもそれって思考停止と紙一重だよね、と思ってその辺色々洗ったら、こんな本が出てきたので買って今読んでます。

なぜ選ぶたびに後悔するのか―「選択の自由」の落とし穴

なぜ選ぶたびに後悔するのか―「選択の自由」の落とし穴

選択肢が増えれば増えるほど自由であり、生活の心理的充足度は上がると考えられていたのに、現状そうではない。それはなぜか?。という視点の本です。何かを買うときに、本当に自分にふさわしいものを検討するのではなくて、そこから目を逸らして、スペック重視でだけものを選んだあげくに「充分検討した」などと勝手に勘違いして喜ぶのが今の僕らですが、なぜそうしてしまうのか、よーくわかります…。

こちらは、タイミング良く Boxes and Arrows に掲載された、著者のバリー・シュワルツさんのインタビュー。

こちらは Google 講習会に呼ばれたバリーさんの講演の様子。これが、後に本家日記で書いた「PSP熱」のきっかけです…。