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現実的になるということ

この度のお仕事では、かなり現実的にやらせてもらうことができました。要件定義書の前にインターフェースのプロトタイプがあって、その後にすぐ実働するプログラムがあって、デザインは途中途中で都度入れていくようにしてみました。そしたらどえらいスムースでした。

そんなわけで 37signals さんの上のエントリは、今回のまとめとしてとてもタイムリーでした(記事自体は去年のですが…)。次のような一節が印象的です。

Don’t write a functional specifications document. Why? Well, there’s nothing functional about a functional specifications document.

Functional specifications documents lead to an illusion of agreement.

ただし、一緒にこうも書いてあります。

Functional specifications document are “yes documents.” They’re political.

ここでは皮肉を込めて書かれていますが、プロジェクトが終わってみると全然役になっていない(結局誰も見てない・更新されない)ように見えた資料も「政治的」なレイヤーではやはり必要なものだと感じます。身も蓋もない言い方をすれば、最終的に自分の立場を守ってくれるのは形式ばった文書だ、ということは現実として受け止めなければいけないのかもしれません。

「今のやり方はおかしい!」なんて思うと、つい全否定してしまいがちになるのも若気のいたり。どんなものも、それぞれの立場では役割があるもんですねえ。なんて呑気なこと考えたりして…。